やがて彼女は目を開くと、慌てたように上半身を起こした。
「…え、うそ!!わたし寝ちゃってた!?今何時!?」
焦って僕の顔を見る彼女に、にっこりと確信犯的に微笑んだ。
「もう5時間目始まっちゃった」


…ねえ、だから。
次の授業が始まるまで、もう少しここで一緒にいよう?


だって、誰もいない屋上。
空は澄み切っていて青くて、太陽は暖かな日差しを降り注いで。
いい天気だし、お腹いっぱいだし、君がいるし。


このまま一緒に空に溶けてしまいたい、なんてね。




空と君とコロッケパンと




「あ〜お腹いっぱい!」
満足そうにお弁当箱を小さなバッグにしまう彼女に、僕はこぼれるような笑顔を向けた。
「香穂さんはほんとにおいしそうにご飯を食べるね」
「…もしかして、加地くん、私が食欲のかたまりじゃないかと思ってる?」
少しむくれた君は、不本意そうにパックのいちごミルクを飲んでいる。
怒った顔も、かわいいね。
声に出して言うことは止めておいた。
言ったら、君は赤く戸惑った顔をして、はにかんだ笑顔で笑うのだろう。
そんな顔も、かわいいけど。
とりあえず、今は君のご機嫌をとることが重要。
「そんなことないよ。でもご飯をおいしく食べる子は、健康的で僕は好きだよ」
あ、しまった。
好きだよ、なんて。
やっぱり赤くなる、香穂さんの顔。
仕様が無い、今の僕のボキャブラリーには、君を想う言葉しか出てこないのだから。
「それよりっ、いい天気だね」
香穂さんは上を向いて慌てたように言う。
「そうだね、いい天気だね。…こんな日は」
言うやいなや、僕は仰向けにごろんと寝転ぶ。
頭の上で手を組んで、空に目を向ける。
僕の行動に、彼女は慌てたようだった。
「か、加地くん!?」
「香穂さんもやってごらんよ。こうすると、空に溶け込んだみたいで気持ちいいよ」
そう言うと、僕は目をつぶった。
彼女はしばらくためらった様子だったが、しばらくすると気配で寝転んだらしい様子が分かった。


ああ、幸せものだな、僕は。


誰もいない昼休みの屋上。
空は澄み切って青くて、太陽は暖かな日差しを降り注いでいる。
今日は購買もそんなに混んでなくて、コロッケパンも難なく買えた。
ああ、いい天気だし、お腹いっぱいだし、何より今は。


君がいるから。


不意に聞こえる寝息。
そっと目を開けて右横を見ると、彼女が無邪気な顔で眠っていた。


手を伸ばせば届きそうな所にある横顔。
ほんの数ヶ月前はまるで届かない、憧れだけの存在。
その彼女がこんなに近くにいる。


僕は彼女を起こさないようにゆっくりと起き上がった。
そっと手を伸ばして、左手に触れる。
…全く起きる気配が無い。
この手が、あの音楽を、その気高い旋律を創り出している。
僕をとりこにして離さない、あの音色が。


ゆっくりとその手を握る。
その瞬間、彼女が少し身じろいだ。


「…か、じくん…」


消え入りそうなその声に、加地の意識は現実へと引き戻される。
…どうやら、寝言だったようだ。
何事も無かったようにまたすやすやと寝息を立てる。


思わず顔が赤くなる。
…僕の、夢、を…見てるの?
嬉しくて、光栄で胸が熱くなる。
僕の、どんな夢を見てるのかな?
思わず彼女の顔を覗き込む。


…彼女は笑った。
まるで天使みたいに。
柔らかく、なにものの罪を許す、女神みたいに…。


握った手をそっと離す。
今は。
こうして君のとなりにいれるだけで。
話しかければ君が返事を、笑顔を返してくれる。
それだけで、今は。


彼女は相変わらず無防備な顔で眠ってる。
そんな顔を見れるのも、僕の特権かな?


その時、予鈴のチャイムが鳴った。


でもね、香穂さん。
そろそろ起きないと、ほんとにいたずらしちゃうよ?









<あとがき>
ウチの加地くんは、基本的には恋愛に積極的なんだけど、押されると照れて引いてしまうという難儀な性格。
香穂子に対しては崇高なものを感じているっていうもはや恋愛通り越して神格化(笑)してる感じで書いています。
でも授業はちゃんと出ましょう。




close