魔法を、かけるの。
一年に一度しか使えない、たった一つの魔法を。




Sweet Magic




放課後戻ってきた音楽準備室の、自分のデスクの上に一通の置手紙を見つけた。
白い、飾り気の無い長四角の封筒の表に『金澤先生へ』といつもより丁寧な字で書かれている。
差出人は分かっている。見慣れた文字だ。
いつもなら、『ヴァイオリンを聴いて下さい』と毎日のようにここへやって来る彼女が、今日は置手紙を残している。
こりゃ何の趣向だ、と封を開くと、チケットくらいの大きさの紙片が一枚だけ入っていた。

『屋上へ来て下さい。2009.03.01』

―紙には、短くそう書かれた一行と、今日の日付。
その日付を見て、ああそうか、今日は自分の誕生日だ、とそこで初めて気付いた。
彼女と呼ぶにははばかられる関係であり、年齢の女子。
その子から、送られた伝言。
まさか、校内で堂々と誕生日プレゼントを贈られたらどうしようか、と思わず腕を組んだ。
少し悩んで、ため息を吐いた後、それでも屋上へと続く階段を昇った。


屋上の扉を開けると、彼女がヴァイオリンを片手に待っていた。
初春の夕日に照らされた顔は少し照れたような、それでいて少し緊張したように微笑んでいた。
「日野。お前さんどういうつもりで―」
「ようこそ、先生。チケットは持って来ましたか?」
彼女は、俺の言葉を遮るように言った。
「チケット?…ああ、もしかしてこの紙切れのことか?」
白衣のポケットから先程の封筒を取り出すと、日野に渡した。彼女は封筒を受け取ると、足元の鞄に仕舞う。
「はい、確かに受け取りました。では、始めます―」
おい、日野、と言い掛けた言葉は、彼女の演奏に寄って遮られた。
―ユーモレスク。
学内コンクールの時に俺が彼女に良いんじゃないか、と言った曲だ。
あれから、何故か彼女はよくこの曲を弾く。
いや、何故かはちゃんと分かっている。
分かっているのに、分かっていない振りをしてしまう。
彼女の音色は、いつだって真っ直ぐだ。真っ直ぐ、俺の方を向いている。
その真っ直ぐさが、時々怖くなる時がある。
いつか彼女の目の前にまっさらな新しい道が開けた時。
その時、彼女はどんな答えを出すのだろう。
その音色はまだ俺の方に向いているだろうか。


彼女は、曲を弾き終わると、一度ふうと息を吐いた。
そして、ヴァイオリンを下げ、俺の方を向いてぺこりと一礼した。
「先生、お誕生日おめでとうございます」
顔を上げ、照れたようににこり、と笑う。
―予想していた通りの行動だと分かっても、嬉しいものは嬉しい。
「…おお、ありがとうな」
うまくなったな、と彼女を褒めようと足を一歩踏み出した時、彼女はヴァイオリンを置いてしゃがみこんだ。
「プレゼントは、これだけじゃないんです」
そう言うと、足元の鞄の中身を探る。
やがて、先程の封筒と全く同じ封筒を取り出して、こちらに差し出した。
「はい!」
訝しげに、その封筒を受け取って中身を確認すると、やはりさっきと同じチケットのようだった。
ただ、チケットに書かれている内容が違う。

『2010.03.01』

―それは、来年の今日の日付だった。
それも、チケットは一枚だけじゃない。
再来年も、そのまた次も。
チケットは数十枚にも及んでいた。


「―お前さん、これ…」
彼女は、えへへと笑うと、首を傾げた。
「来年も、そのまた次の年も。ずっと、ずっと、先生の誕生日のお祝いコンサート、私に開かせて下さいね」


思わず、チケットを握り締める。
―ああ、だから彼女が好きなのだ。
自分の浅はかな心配も、ネガティブな考えもひらりと飛び越える。
そんな、真っ直ぐな彼女が眩しくして、うらやましくて仕方が無い。


「…お前さん、あと何十年生きるつもりだ?」
「先生と一緒なら、何十年でも生きますよ!!おばさんになったって、おばあちゃんになったって、…もし死んだって、あの世でだって弾いてみせます」
あ、でも、ヴァイオリンてあの世に持っていけるのかな、なんておかしな心配をする彼女に言った。
「…お前さん、それ聞きようによってはものすごいプロポーズに聞こえるぞ」
「―え!?あ!?いや、そんなつもりじゃ…っていうかそんなつもりだけど…!!いや、そうじゃなくて!!」
真っ赤になりながら、慌てて両手を振る彼女の髪を、くしゃりと撫でた。
「―ありがとうな。…来年も、楽しみにしてる」









<あとがき>
誕生日なので、短くてラブラブしてるのが書きたかったので。
お祝いモードなので香穂子→先生っぽいのを意識して書きました。
作中に出てくる日付は便宜上入れただけで、ゲーム内の日にちとは全く関係が無いのでご容赦下さい。





close