「Corda」 SS-#1 "たとえ、届かなくても・・・"


 「・・・ちゃん・・・」

 星奏学院の屋上に響く呟き。
 その呟きの発生源の名は火原和樹、音楽科の三年生である。

 その眼下の玄関から正門へと続く石畳の上を歩く一人の少女の姿。
 火原の視線はその少女へと真っ直ぐに向けられていた。
 その瞳からはその少女への純粋な心配の色が見て取れる。

 先日行われたコンクールの第三セレクションの最中、彼女と共に歩むべき相棒は悲鳴をあげた。
 まるで、少女の想いを受け止め切れなかったかのように・・・。
 その日から彼女の歩みは止まってしまっている様に見えた。
 少なくとも火原自身の目にはそう見えた。

 (オレに出来ること・・・)

 (何か無いかな・・・)

 (・・・ちゃんのために出来ること・・・)

 少女の姿が見えなくなってからしばらくして、火原の口が小さく開く。
 「やっぱり、それしかないよな・・・」

 次の日から毎日同じ時間、同じ場所に火原の姿はあった。
 そして、渾身の想いを込めて手に馴染んだ相棒へと空気を送り込む。

 十数メートル下を歩くあの少女のためだけに。



 君の俯く顔が、ほんの少しでも上を向けるように。


 昨日の君より今日の君が前を向いて歩いていけるように。


 そのために俺は奏で続ける。


 それがきっと自分に出来るたった一つのことだから。
 慰めの言葉よりも、励ましの言葉よりも、一番真っ直ぐに己の気持ちを届けてくれるだろうから。



 この想いがたとえ、届かなくても-----。



 - fin -



2007.09  written by ”TAIL”(ARIA-RYA)