拍手ログ01 休息(土日) 感謝(地日) 焦燥(金日) 不敵(吉日) 贖罪(弁望) |
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休息(土日) 楽しいはずのお昼休みのひと時に、難しい顔をしてカフェテリアで数学の教科書を広げる女生徒が一人。 土浦は、そんな香穂子を目の端に止めて声を掛けた。 「…あれ?香穂?何してんだ、こんな所で」 教科書から顔を上げた香穂子は、渡りに船、とばかりに土浦に助けを求めた。 「土浦くーん、良い所に来た!!…お願い!ここ教えてっ!今日午後一の数学当たるの忘れてて」 両手を合わせて神様よろしく拝んでくる香穂子に、土浦はやれやれ、と頭を掻きながら香穂子の横の椅子に腰を降ろした。 「で?どこが分からないんだ?」 「ここの問題が難しくて…」 「ああ、それはこの公式を応用するだろ………」 一通り説明すると、香穂子はああ、そっか、と納得したようにノートに数式を書き出した。 そんな彼女の様子を見て、ふう、と一息ついて、何とはなしに側にあった「いちごみるく」とピンクの文字で書かれた紙パックのジュースを、ずずーっと大きな音を立てて一気に飲んだ。 「…あーっ!!まだそれ一口しか飲んでないのにー!!」 「いいじゃねえか。授業料だと思えば、安いもんだろ」 音に気付いて抗議の声を上げる彼女を尻目に、悪びれた様子も無く意地悪く笑って言う。 ほら、まだ残ってるからと紙パックを差し出すと、もう!とひったくるように奪い返す。 そのまま飲むのかと思いきや、何かに気付いて紙パックをじっと見つめたまま動かない。 「…?まだ残ってるだろ。…飲まないのか?」 …………?………………あ。 「…お前、そこで赤くなるなよ。………こっちまで恥ずかしくなるだろうが」 思わず赤くなって、テーブルに頬杖をついてあさっての方を向くと、隣からずーっと遠慮がちに紙パックをすする音が聞こえた。 |
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感謝(地日) 君にどうしても此処で演奏を聴いてもらいたかったんだ。 日曜日に練習に誘ったら、彼女は快くOKしてくれた。 携帯電話を通して聴く君の声は弾んで、まるで歌うように軽やかで。 日曜日が楽しみで仕方が無かった。 ―待ち合わせ時間より10分も早く着いたのにもかかわらず、君は僕の姿を見つけると走ってやってきたね。 楽しみで仕方なくて、30分も早くやってきてしまったのは僕の勝手な都合なのに、君は僕の前に立つと開口一番謝った。 謝るのはこっちの方だよ。かえって君に気を使わせてしまった。 申し訳なさそうにする僕の手を取って、君は歩き出した。 ―そんな行為がたまらなく嬉しくて。 僕の好きな人が、僕のことを好きでいてくれること。 君と初めて逢った時から、君の演奏を初めて聴いた時から、それはまるで夢のようで、まだ今でも時々これは夢なのか、現実なのか区別がつかなくなる。 君の演奏を初めて聴いた公園。 ここから僕の生命はまた鮮やかに息を吹き返した。 それは、唐突に、鮮明に、それでいて激しく。 君と出会ってから、毎日が眩しくて、仕方が無いんだ。 だから、君にどうしても此処で演奏を聴いてもらいたかったんだ。 「ありがとう」 演奏し終わった後、そう言ったら君は不思議そうな顔をしていたね。 ―君と此処で出会えた偶然に。 そして君を好きになった必然に。 ―感謝の演奏を。 |
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焦燥(金日) 「…先生」 放課後の音楽準備室。 デスクに書類を取りにいくなんでもない用事で、彼女に背を向けて歩き出そうとした瞬間、白衣の袖を不意にぎゅっと掴まれた。 振り向くと、潤んだ瞳で見上げてくる日野の顔。 「…あ、えと、あの…。何でもないです」 慌てて、目を伏せてごまかすように笑って離される右手。 それが何でもない顔か、と思ったが口には出さない。 「何だぁ?俺とちょっとでも離れるのが寂しいのか?」 冗談交じりにそう言ったのだが、それは薮蛇だった。 「…はい」 それは小さく、本当に聞こえるか聞こえないかの小さな声で。 不意に俯いて、泣きそうな顔で小さく頷いた。 どうやら冗談を言ってはいけない状態だったらしい。 小さくため息をついた俺に、彼女は「ごめんなさい、本当に何でもないんです」と慌てて顔の前で手を左右に振った。 そんな彼女の頭を優しく撫で、顔を覗き込む。 「違う。冗談言ってごめんな。…俺だって寂しいんだ。寂しいなら寂しいって言ってくれていい。 まだ検査渡米まで時間があるし、今度の休みは一緒に過ごそう」 思わぬ提案にびっくりしたのだろうか、彼女の潤んだ瞳に目を見開いた表情が愛らしくて、怒られるのを承知で思わず笑った。 |
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不敵(吉日) 星奏学院の理事長である吉羅暁彦は、その光景を見た時思わずこめかみを指で押さえた。 「…森の広場は、昼寝をするためにあるのではないのだがね」 それもそうだろう、いくら生徒の憩いの場である学院の裏庭である森の広場と言っても、要するに屋外である。 そんな所にいくら木が立て込んでいる林の中だとしても、妙齢の女子が草の上で両手両足投げ出して晴天の下堂々と昼寝をしているのはどうだろう、と吉羅は思った。 どうやら譜読みをしていたらしい、辺りには数枚の楽譜が散らばっていた。 起こそう、として声をかけようとした瞬間、「…う…ん」と彼女が寝返りを打った。 「…きら理事長…」 起きたのかと思って一瞬動きが止まる。 しかしその心配は杞憂に終わった。 「負けま…せん…から」 …どうやら、寝言らしい。何の夢をみているのだろう、言葉とは裏腹に彼女の表情はとても嬉しそうだった。 一つため息をついて、着ていたスーツの上着を脱ぎ、彼女にそっとかける。 去り際、その寝顔に呟いた。 「…せいぜい、私を楽しませてくれたまえ」 唇の端を、軽く歪めた。 |
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贖罪(弁望) 「…君はいけない人ですね」 凍りついた君の顔。 嫌になるくらい、こうなることは想像できたはずだ。 −今まで、沢山の人を裏切ってきた。 信頼を寄せてくれた人、想いを捧げてくれた人。 それでも、最後には同じ表情をさせることは容易に想像できた。 だから、いつだって感情を殺して。 そうすることでしか、自分を守る術が無かった。 だからいつか、自分が傷付く感覚も麻痺していった。 だけど、今。 目の前で僕の裏切りを初めて目の当たりにして立ち尽くした彼女は。 彼女にだけは知られたくなかった、だけど何故か、それと同時に知って欲しい自分もいて。 「…べんけい、さん…」 呆然とした彼女の顔を見つけた瞬間、心がぎゅっと締め付けられるような懐かしい感覚がした。 自分にはまだこんな感情があったのだと、内心で驚く。 傷付いた彼女の表情に、救われた気持ちになるなんて。 「…本当に、いけない人だ」 独白するように、小さく呟く。 |
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