注意:吉羅さんがちょっと酷い奴です。吉羅さん好きは注意して下さい。 オリジナルキャラクター(香穂子祖父)注意。 ふわり、と静かにベッドに横たえた彼女は、全く起きる気配が無い。 星奏学院の医務室は、迎賓館の喧騒から大分離れた所にあって、誰もいなかった。 まさか舞踏会の日にこの部屋が必要になることは無いだろう、と思っているからだろうか。それとも、医務室の養護教諭も舞踏会を楽しんでいるのだろうか。 途中誰に見咎められることも無くこの医務室までやって来た。もっとも、校内の見取り図は全て頭の中に入っている。 白いベッドに横たわる彼女のドレスが、薔薇のように広がっている。 このドレスを見立てた人物は、余程彼女の事をよく見ているのだろう。森の広場で初めて会った時より随分大人びて見え、良く似合っている。何より、白という色が彼女本来の肌の白さを良く引き立てている。 迎賓館に入って最初に彼女を目にした時は、驚いたものだ。 しかし、これ程までにアルコールに弱いとは、少し辟易する。 ボーイには、あらかじめ手を上げたらワインを持ってくるように指示しておいた。学院側ではもちろん生徒には葡萄ジュースなどソフトドリンクを渡すようボーイに指示してあるのだが、他に来賓用にワインやシャンパンなども用意してある。それを前もって生徒に渡すと分かっていて、わざと本物のワインにするよう指示しただけの話だ。 少しずつ酒に酔わせて、甘い言葉を囁いて。手懐けて、愛情を抱かせていく筈、だった。 「…子供だな」 上気した頬に手を当てると、彼女が何か呟いた。 ―ひろと、と言ったか。愛しい男の名だろうか。 彼女の、白い花の髪飾りを引き千切る。 長い髪が、ふわり、と花のように広がった。 やはり、髪を下ろしている方が良く似合う。 一度口の端を歪めると、彼女の赤い唇にそっと自身の唇を寄せた。 3.terzo スーツの内ポケットに入れた胸元の携帯が着信を告げる。 ディスプレイには『日野香穂子』の文字。 慌しく通話のボタンを押すと、予想していた人物とは違う声が聞こえた。 「もしもし、金澤さん!?」 「…天羽様?」 その切迫した声と、何故携帯の主である本人ではなく、その親友が電話を掛けてきたのだろうと訝しく思う。 「今何処ですか、お屋敷ですか!?」 「いえ、星奏学院の駐車場に居ります。…何かあったのですか?」 とてつもなく嫌な予感がする。まさか、香穂子に何かあったのだろうか。 菜美の、ほっとしたような声が聞こえる。 「良かった!!…直ぐに裏門に車を回して下さい。そこで待ってます」 そう言うと、通話が切れた。血の気が引く。 様々な悪い想像が頭の中を駆け巡る。彼女に、もし何かあったら。俺は。 今は裏門に急ぐ事が重要だ。 悪い予感を拭いつつ、車のエンジンをスタートさせた。 裏門に到着すると、天羽菜美が既に待っていた。車を横付けして降りる。 「警備員さんには話を通してあります。こっちに」 裏門には警備員室に詰めている警備員以外に人はいなかった。多くの警備員は正門に回されているのだろう、その警備員でさえ一人しかいない。校内に入って、誰もいない真っ暗な廊下を静かに音を立てないように早歩きで歩く。 「それで、お嬢様に何かあったのですか?」 「実は、香穂が医務室で眠っているから様子を見に行ってやって欲しい、と、ある人から言われて…」 右手に持っていた小さなバッグを持ち上げて見せる。香穂子の物だ。その人から預かったんです、と付け足した。 「いきなり倒れたらしくて。先生達は来賓の相手に忙しいから、出来れば彼女の家の人を呼んで迎えに来てもらった方が良い、ってその人に言われて。だから金澤さんを呼んだんです」 ―いきなり倒れた。夕方は、調子が悪いような素振りは無かった。 もしかしたら、無理しているのを見逃していたのかもしれない、と猛省する。 「それで、お嬢様のご様子は?」 彼女は首を左右に振った。 「とりあえず、預かった荷物から携帯ですぐ金澤さんに電話したので、これから医務室に行くところです。ご案内します」 「…お手数をお掛けして申し訳ありませんでした。それで、そのある人というのは?」 「その人が香穂を医務室まで運んでくれたらしいです。その直前に香穂とダンスを踊ってた男の人です。20代後半か30代前半くらいかな…大分目立ってたから」 「名前はお分かりになりますか?」 「いえ、名乗らなかったから…」 永遠とも思える長い廊下と広い校内を走ると、やっと目的の医務室に到着した。 「こちらです」 菜美が、そのドアを開けた。 厚いカーテンに仕切られた一画を見つけると、逸る気持ちを抑えてゆっくりとその場所に近づいた。 ―悪い想像が頭の中を一瞬だけ駆け巡った。心臓の音が早い。 その予感を振り切るように、そっとカーテンを開ける。 ―彼女は、居た。 白いベッドにそっと横たえられている。 閉じたままの目。掛け布団が上下に揺れて、小さな寝息が聞こえる。どうやら、眠っているだけのようだった。 ほっとして、思わず息を吐く。 「何だ、眠っているだけじゃない。香穂ったら、そんなに眠かったのかな」 ほっとしたような菜美の声に、枕元に置いてあった花の髪飾りに目をやる。 …そんなに緩く止めたつもりは無いのに。むしろ、しっかりと止めた筈だ。 手に取ると、止めてあったプラスチックの部分が不自然に折れ曲がっていた。 何かがおかしい。 彼女の顔色を見よう、と顔を近づけると、ほんのりとアルコールの匂いがした。さっと、血の気が引く。 「天羽様。その方は、他に何か言ってませんでしたか?」 「え?…いえ、別に何も」 「では、お嬢様は私が連れて帰ります。教えて頂いて感謝します。ただ、このことはあまり大事になさらぬようお願いします。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」 畳み掛けるように言うと、掛け布団を剥ぐ。上着を脱いで彼女に掛け、そっと抱き上げた。 解かれた髪がふわり、と肩に落ちる。 失礼します、と短く言って医務室を後にした。 菜美は、呆然と立ち尽くしていた。 いつも穏やかに香穂子に笑い掛ける彼の、あんな表情は見たことが無い。 その冷たい瞳を思い出して思わず身震いすると、首から下がっているカメラに触れた。 長く暗い廊下を歩く。 直ぐ近くで、彼女の寝息が聞こえる。彼女を抱く腕に、知らず力が籠もっていた。 彼女の、首元から、髪から香る男性物のコロンの香り。 いつもの車寄せでは無く、裏口の一つの近くに車を止めた。 後部座席から眠ったままの彼女を抱き上げると、そっと裏口の扉を開けた。ここは使用人でも滅多に使わない入り口だ。しかもこんな深夜に誰も通らないだろう。 注意深く歩いて彼女の自室にやっと辿り着く。 彼女をベッドに横たえると、扉まで戻って鍵を閉めた。 規則正しく寝息を立てる、彼女の頬にそっと触れる。 飲酒したことが教師に知られれば即刻退学だろう。躾に厳しい彼女の祖父に知られてもまずい。だから、誰にも見咎められないよう裏口からこっそり入って来たのだ。 彼女が自分でアルコールを飲んだ、とは考えづらい。いくら普通の学校とは違う星奏学院といえども、流石に未成年に飲酒させるような不手際は起こさない。誰かに故意に飲まされた、と考える方が自然だ。 おそらく、彼女を運んだ男は彼女にアルコールを飲ませ、全て分かっていた上で菜美に家人を呼ばせたのだ。 …何のために。 彼女の身体のあちこちから香る、コロンの香りに心を掻き乱される。 …何のため?そんなことは― 最悪の想像が頭をよぎる。そんなことは、決してあってはならない。 拳をつくって、爪の痕が手の平に残る位強く、握る。 自分が許せない。何のための執事なのか。 無理やりにでも自分が舞踏会に出席する手立てを講じなかったことを責めた。それと同時に、おそらく彼女に触れたであろう男に激しく嫉妬する。胸の奥から、怒りが湧き上がってくる。すぐさま、彼女から香るこの香りを消し去りたい。 「…う…ん」 香穂子の声に、我に返った。覚醒しかかっているのであろう、うっすらと目を開ける。 「お嬢様、お加減は如何ですか?」 極めて冷静を努めて、そっと語りかけるように話しかける。 瞳が、見つめられたまま動かない。意識が大分混濁しているようだ。小さい頃そうしていたように、ベッドの脇に跪いて髪を優しく撫でる。彼女は気持ち良さそうに目を細めた。 「…ひろ、と」 「何でしょう?」 ふわり、と彼女の髪を撫でていた手に、彼女の手が重なる。 彼女の、赤い唇が囁くように開かれた。 「…キス、して」 誘うように、潤んだ瞳が閉じられた。重なった手が、熱を持って、熱い。 唇から、時々切なそうに呼吸する吐息は、アルコールのせいなのか、それとも。 彼女の手を掴んで、唇に顔を近づける。 ―これは、不可抗力だ。そう言い訳して目を閉じる。 触れる直前まで、奪うつもりだったのに。 寸前で、彼女の額にそっと唇を寄せた。 何か言おうとした彼女に構わず、強引に頭を引き寄せる。そのまま、彼女の髪に顔を埋めた。 「お前さんの望むことなら何でも叶えてやる。側にいろ、と言うのならずっと側にいる。…それが、俺の望みなのだから」 それだけが、彼女に出会ったあの日から。 たった一つ、自分に与えられた生きる意味なのだ。 しばらくそうしていると、やがて胸の中から規則正しい呼吸の音が聞こえた。 そっと体を離すと、眠っている彼女の瞳から一筋の涙の流れた跡があった。 まるで宝物のように、そっと彼女の体を横たえる。 寝顔を見て、涙の跡を親指でそっと拭った。情けなくも、キスしておけば良かった、と猛烈に後悔する。 彼女がそう望むなら、そうしてあげたい。でも、駄目なのだ。 一度自分のたがを外してしまったら、歯止めが効かなくなることは、自分が一番良く知っている。 もう少し、彼女が自分の歩んでいく道を決めるまで、彼女の執事でありたいのだ。 扉の方へ歩いていって、一度振り返る。 どうか、今は彼女に良い夢を。 そう願って、そっと扉を閉めた。 「う〜頭いた…」 舞踏会の翌日は休日である。香穂子はこめかみを押さえて眉をしかめた。 「なんでこんな頭痛いんだろ…いつの間にか家に戻って来てるし」 ヒロトは、何食わぬ顔で紅茶をカップに注いでいる。 朝目覚めてから、数時間経つが一向に頭痛が治まらない。どこかにぶつけたか、と押したりさすったりしてみるが、特に異常は無い。 「ダンスを、踊ったことまでは覚えてるんだけどなあ。その後、どうしたっけ…」 「先程、お嬢様が疲れて眠ってしまわれたので、天羽様から連絡を受けて私が迎えに行った、と申し上げたでしょう」 カップを受け取ると、その温もりを確かめるように、両手で持つ。 「う〜ん、思い出せないなあ。私そんなに疲れてたっけ…それに」 「それに?」 ヒロトが、訝しげな顔で聞いてきた。今日は、何だかイライラしているようだ、何故だろう、と香穂子は思った。 …私が、舞踏会中に眠るようなドジしちゃったからかな…? 「別に!何でもないよ」 ヒロトを不安にさせないように努めて明るい声で手を左右に振った。 何か、大切な事を忘れている、と思った。誰かに、聞かなきゃいけないことがあったような。 ズキズキと痛むこめかみを指で解してみても、全く思い出せない。 ふと横を見ると、ヒロトが何が言いたげに私を見ている。 「…何?」 「…昨日、お屋敷に帰って来てからの記憶も無いんですか?」 「だから、言ってるじゃない。舞踏会で、ダンスを踊ったことまでは覚えてるって」 彼は、明らかにほっとしたように横を向いてため息を吐いた。 「何!?私何か変なことした!?」 「…いえ、何も。幸い今日は休日です。一日ゆっくりお休み下さい」 「…うん。そうさせてもらおうかな」 彼に笑い掛けると、ようやくほっとしたような表情を見せた。 不意に、コツコツと扉を叩く音がする。ヒロトが、歩いて行って扉を少し開けた。 日野家で雇っているメイドだった。 「お休みのところ失礼致します。金澤さん、少し宜しいですか」 「ええ。…お嬢様、今日はおとなしくしていて下さい。いいですね」 ヒロトの剣幕に思わず首を竦めた。 重厚な扉の前で一度ネクタイを締め直す。 …流石に、緊張する。大旦那様に呼ばれるなんて、数ヶ月振りのことだ。 メイドが呼びに来た用件は、大旦那である日野邸の主人、つまり香穂子の祖父が自分を呼んでいる、とのことだった。 しかも、香穂子に気付かれないようにと。 彼女の祖父に自分が呼ばれることは滅多に無い。その用件の大概は、香穂子のことである。 それも些細な用事だったら彼付きの使用人や秘書を介して命令が下ってくる。直々に呼び出される、とは余程のことだ。 コツコツ、と慎重に扉を二度ノックした。 「入れ」 扉がゆっくりと開かれる。 パーティーが開けそうな広大な部屋の中央に、鎮座する応接セットがまず目に入る。正面の窓際に配置された重厚な木製の机、さらにその奥に人の背丈ほどありそうな黒い椅子に、部屋の主がこちらを背にして座っていた。 室内に入ると、先程扉を開けた彼の第一秘書が扉を閉める。 入り口の近くで、深々と一礼した。 「大旦那様。お呼びでしょうか」 「金澤。日頃から香穂子の面倒、感謝する」 しゃがれた、それでいて人を惹き付ける声。彼の声には人に有無を言わせない力がある。 「勿体無いお言葉、痛み入ります」 お辞儀をしたままで恭しく答えてから、顔を上げた。 「さて。お前を呼んだのは他でもない。香穂子のことだ」 途端に空気が張り詰めるような緊張が走る。次の言葉を覚悟して待つ。…まさか、昨夜の飲酒がバレたのだろうか。 だが、降ってきたのは全く予想外の質問だった。 「香穂子は、今誰かと交際しているのかね」 ………。は? 全く思いがけない問いかけに、思わず絶句する。一瞬、沈黙が辺りを支配した。 「…いないようだな。そうだな、あのお転婆娘の眼鏡に適う相手が、そうそう現れる訳は無い、か」 くつくつと、笑いが洩れる。 いくら日野グループを一代で築いた豪傑、と言っても、この祖父は孫娘のことを溺愛している。 「では」 彼がおもむろに右手をすっと上げる。 それを待っていたように、秘書が手に持っていた茶封筒の中身を応接セットのテーブルに広げた。 「これは、どういうことかね」 ―それは、印刷される前の新聞のゲラ刷りと、数枚の写真だった。 毒々しいほど無遠慮な色の文字に、大きな写真が目に飛び込んでくる。 ―楽しそうに、組み合ってダンスを踊る1組の男女。 『交際発覚!!吉羅財閥の御曹司・吉羅暁彦―日野グループ会長の孫娘・日野香穂子』 写真も、様々な角度から撮った二人の写真で。 「ゲラ刷りの段階で、ネタを買ってくれ、と天羽新聞社の内部の人間が持ち込んだものです。止めなければ、今朝の新聞に載っていた筈です」 秘書が淡々と説明する。耳では聞こえている筈なのに、頭で理解できない。 ただ、呆然と立ち尽くす。 甘かった。あの場所で彼女からネガを取り上げていれば良かった。 自分の甘さが、彼女の名を汚す。ぎゅっ、と拳を握った。 ―吉羅財閥の吉羅暁彦。 「吉羅財閥の御曹司と本当に交際しているなら良し。家柄、経済力共に問題は無い。だが、そうであっても無くとも、このような醜聞を載せられるような失態は、日野家の人間である以上避けねばならぬ」 その張り詰めた空気を切り裂くような声に、思わず身震いする。 「…申し訳ありません。私の失態です」 深々と頭を下げた。 「ふむ」 彼は、思案するように息を吐いた。 「事態の収拾に当たれ。それから、香穂子に二度とこんな不祥事は起こさぬよう厳しく叱り付けておけ」 「…かしこまりました」 秘書が記事と写真をまとめて封筒に入れ、紘人に渡した。 「金澤」 「…はい」 彼は、椅子を回転させてようやくこちらに向き直った。深々と刻み込まれた口元の皺が、微笑むように動く。 「香穂子のことを、頼むぞ」 閉じられた扉の前で、ため息を吐く。 ―吉羅暁彦。 その名には、覚えがあった。随分と大人になったものだ、と口元を歪める。 おそらく、この写真を撮ったのは天羽菜美だ。この新聞の発行元が彼女の父親の会社である以上、彼女がこの写真を親に渡した、と考えるのが自然だ。 だが、しかし。 彼女は香穂子の親友だ。彼女が、香穂子を売るようなことをするだろうか。しかも、昨夜の口振りでは吉羅暁彦のことを知らないようだった。 何かがおかしい。 …とりあえず、事実が判明してから香穂子に話そう、と決める。彼女をいたずらに傷つけることは本意では無い。 そう決めて、とりあえずこれを自室に隠そう、と歩き出した時。 向こうから、メイドがやって来て訝しげな顔で話しかけてきた。 「金澤さん?お嬢様と一緒ではないのですか?」 「…え?」 「先程、香穂子お嬢様が金澤さんを探してこちらの方へ向かったのですけど…お会いになりませんでしたか?」 その言葉に、彼女の自室へ走り出す。メイドが驚いた声を上げたようだったが、構わずに全速力で走る。 ノックもせずに乱暴に開けた扉の向こうに、彼女の姿は無かった。 ―どうして。 ヒロトを追いかけて、彼が入っていった祖父の書斎の前で思わず立ち聞きしてしまった。 どうして菜美が、私と吉羅さんのスキャンダル記事なんか…。 心臓がぎゅっとなって、痛い。 最初から、こうするつもりだったの…?私の気持ちを知ってて、それでも。 自分は裏切られた、のだろうか。 そう思う気持ちをぐっと押し殺す。彼女を信じたい。とにかく、彼女に直接確かめたい。 そう思って屋敷の外に思わず飛び出してきてしまった。車以外の交通手段を思いつかなくて、途方に暮れる。 物心ついた頃から、何処に行くにもヒロトの運転する車で移動しているのだ。電車やバスの乗り方も分からない。 でも、ヒロトに頼むことは出来ない。…というより、したくない。 自分のせいで祖父に叱られた彼に申し訳なく思う。 これは、自分の甘さのせいだから。自分が日野家の人間であるからこそ降りかかってくる、困難だ。 自分で解決しなくちゃいけない、頼っちゃいけない。それが、日野家に生まれた者の矜持だ。 大体、どんな顔をして彼に逢えばいいのだろう。どう思っただろう、あの写真を見て。 胸が苦しい。 とりあえず駅まで歩いてみよう、と歩き出すと、目の前に一台の赤いスポーツカーが止まった。 カーウインドウが下がる。 「―また、会ったね」 「…吉羅、さん」 息を切らして、屋敷の門の前までやっと来た。こういう時、敷地の広さに辟易する。 ―そこで丁度、目撃したのは、赤いスポーツカーの助手席に香穂子が乗り込んだところだった。 「お嬢様!!」 ガシャン、と門の柵を掴んで叫ぶ。 行くな、行かないでくれ。 彼女を執事として守りたい気持ちと、男として彼女を連れ去られることへの嫉妬がぐるぐると胸を渦巻いた。 声は届かなかった。赤い車体がどんどん遠ざかってゆく。 ―ふざけるな。お嬢様に何かしたら、絶対に許さない。 一度鉄門の柵を拳で思い切り叩いてから、車の鍵を取りに屋敷の中へと、走った。 |
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<あとがき> 吉羅さんが酷い奴です、吉羅さんファンの方、すいません。。。私は吉羅さん大好きです!! パロディなので、大目に見て下さい(すいません)。 ←back next→ close |